東京地方裁判所 平成元年(ワ)3133号 判決 1990年4月26日
原告
小関和雄
ほか一名
被告
西濃運輸株式会社
ほか一名
主文
一 被告らは、各自原告小関和雄に対し一二八二万五五〇〇円、同小関美千子に対し一二〇七万五五〇〇円、及びこれらに対する昭和六三年五月二七日より各支払い済みまで年五分の割合による金員を支払え。
二 原告らのその余の請求をいずれも棄却する。
三 訴訟費用はこれを二分し、その一を原告らの負担とし、その余を被告らの負担とする。
四 この判決は、仮に執行することができる。
事実
第一当事者の求めた裁判
一 請求の趣旨
1 被告らは、各自、原告和雄に対し二四七四万円、同美千子に対し二三七四万円及びこれらに対する昭和六三年五月二七日より各支払い済みまで年五分の割合による金員を支払え。
2 訴訟費用は被告らの負担とする。
3 仮執行の宣言
二 請求の趣旨に対する答弁
1 原告らの請求をいずれも棄却する。
2 訴訟費用は原告らの負担とする。
第二当事者の主張
一 請求の原因
1 事故の発生(以下、この事故を「本件事故」という。)
(1) 日時 昭和六三年五月二七日午後五時三〇分ころ
(2) 場所 静岡県清水市袖師町一四七一番地先交差点(以下、「本件交差点」という。)
(3) 加害車 普通貨物自動車(静岡一一か一八五九)
右運転者 被告長谷川
(4) 被害車 自動二輪車(一品川つ四〇四一)
右運転者 小関健二
(5) 態様 片側二車線の道路(港湾道路)の中央分離帯寄りの車線を走行中の被害車と左方の一時停止の標識の設置された狭い道路(市道)から進入してきた加害車の前部右角部分との衝突
2 責任原因
(1) 被告会社は加害車を所有し、自己のために運行の用に供していた。
(2) 被告長谷川は、本件交差点に進入して右折しようとするときは、一時停止の標識に従つて停止するとともに、右方の安全を確認して発進すべき注意義務のあるのに、いずれの義務をも怠り、直進してくるトラツクを確認したものの、右トラツクの後方を同一方向に走行して来る被害車を確認しないまま本件交差点に進入した結果、本件事故を発生させた。
3 原告らの損害
(1) 健二の逸失利益
<1> 健二は、本件事故により死亡したが、同人は昭和四二年一月九日生れで本件事故当時満二一歳の、東海大学海洋学部四年に在学中の健康な男子であり、且つ同大学を卒業後の平成元年四月から空気調和設備、FAシステム、上下水・工業用水処理設備、ごみ処理設備等の工事ないし制作を目的とする三機工業株式会社に入社することが内定していた。同社の従業員数は二二〇〇名であるから、賃金センサス昭和六三年第一巻第一表産業計、企業規模一〇〇〇人以上、旧大・新大卒、男子全年齢平均賃金六三一万八七〇〇円を基礎に、生活費の割合を五割とし、満二二歳から満六七歳までの間就労することができると考えられるから、ライプニツツ式により中間利息を控除して事故時における現価を算出すると、五三四八万円(万円未満切り捨て)となる。
<2> 原告らは健二の両親であり、かつ相続人であるので、各二分の一の割合により同人の権利を相続した。
(2) 原告らの固有の損害
<1> 葬儀費 一〇〇万〇〇〇〇円
原告和雄が負担した。
<2> 慰謝料 一六〇〇万〇〇〇〇円
(3) 損害の填補 二五〇〇万〇〇〇〇円
(4) 弁護士費用 三〇〇万〇〇〇〇円
4 よつて、被告らに対し、自賠法三条及び民法七〇九条に基づいて、各自原告和雄に対し二四七四万円、同美千子に対し二三七四万円及びこれらに対する本件事故の日である昭和六三年五月二七日から完済まで民事法定利率年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。
二 請求の原因に対する認否
1 請求の原因1の事実は認める。
2 同2(1)の事実は認める。(2)の事実のうち、被告長谷川に一時停止義務及び右方の安全確認義務のあること、加害車は本件交差点に進入して本件事故が発生したことは認めるが、右各義務に違反したとの点は否認する。
3 同3(1)の事実のうち、<1>の政行が死亡したことは認めるがその余は争う。<2>の事実は知らない。
4 同3(2)の事実は知らないし、法律上の主張は争う。
5 同3(3)は認める。
6 同3(4)は争う。
三 抗弁
被告長谷川は本件交差点で一時停止をし、左右を確認したところ、トラツク一台しか見当たらなかつたのでそのトラツクをやり過ごした後、時速約一五キロメートルのスピードで発進し始めたところ、トラツクの影から法定速度時速五〇キロメートルをはるかに上回る時速約八〇キロメートルのスピードで走つてきた被害車が、加害車の前部右角面に衝突したのが本件事故である。しかも、健二が前方注視義務を尽くしていれば、加害車の右折に早期に気付き、減速して事故を回避できた可能性が大きい。
従つて、健二にも相当の過失があり、その割合は三割とすべきである。
四 抗弁に対する認否
抗弁事実は否認し、法律上の主張は争う。
第三証拠
本件訴訟記録中の書証目録及び証人等目録記載のとおりであるので、これを引用する。
理由
一 事故の発生
請求の原因1の事実は当事者間に争いがない。
二 責任原因
1 請求の原因2(1)の事実は当事者間に争いがない。従つて、被告会社は自賠法三条により、後記損害を賠償する責任がある。
2 請求の原因2(2)の事実について
(1) 被告長谷川に一時停止義務及び右方の安全確認義務のあること、加害車は本件交差点に進入して本件事故が発生したことは当事者間に争いがない。そして、右争いのない事実に甲第五号証の四、第七、第八号証、第一九号証の一ないし三五、第二〇号証の一ないし二二、第二一号証の一ないし七、第二二号証の一ないし四、乙第一ないし二四号証と弁論の全趣旨を総合すると、以下の事実を認めることができる。
<1> 本件交差点は愛染町方向と横砂方向とを結ぶ通称港湾道路と、尾羽方向(北側)に延びている市道とがほぼT字型に接する市街地にある信号機のない交差点である。港湾道路は幅員〇・八メートルの中央分離帯により区分され(但し、本件交差点には、中央分離は設けられていない。)、愛染町方向から横砂方向に向かう車線については中央分離帯の北側に〇・四メートルの外側線が白色ペイントにより標示され、その北側に幅員六・二メートルで白色ペイントにより幅員三・一メートルの二車線に区分された道路部分があり、その北側に幅員〇・四メートルの外側線が白色ペイントにより書かれ、更に縁石により区分されて歩道となつている。本件交差点の西方約八〇メートルのところには信号機により交通整理の行われている三叉路交差点があり、その付近から南方向に緩やかにカーブしている。本件交差点付近では、アスフアルトで舗装され、乾燥した平坦な道路で、駐車禁止となつてはいるが、制限速度の指定はない。そして、自動車の交通量は多い。
また、市道は白色ペイントにより往復二車線に分けられ(北側から本件交差点に至る車線の幅員は三・一メートル)、その両側に白色ペイントにより外側線が標示されている。本件交差点の北側約一二メートルの路肩上に一時停止の標識が設置されているほか、本件交差点の入り口付近に停止線が白色ペイントで標示されている。本件交差点の北西側(市道の西側)にはガソリンスタンドがあり、停止線付近から港湾道路への見通しは良い。本件交差点付近では、アスフアルトで舗装され、乾燥した平坦な道路で、最高速度は時速三〇キロメートルに制限されている。
<2> 被告長谷川は、殆ど積み荷の無い状態で加害車を運転して市道を本件交差点方向へ走行し、一時停止の標識の設置点を過ぎた付近で一旦停止し、その後三・七メートル程進んだ本件交差点の入り口付近の停止線のあたりで停車した。被告長谷川は、港湾道路の愛染町方向を見たところ、普通トラツクが左折表示のウインカーを点滅させながら、歩道よりの車線をゆつくりとしたスピードで走つてくるほか他に車両が見当たらなかつたので、本件交差点の南側にある三叉路交差点の信号機が赤色を表示しており、右トラツクにより視界が制限されているにもかかわらず、右トラツク以外に走行して来る車両はないものと軽信した。次いで、被告長谷川は、横砂方向から二台の自動車が走行して来るのを見たが、先に本件交差点内に進入し右折できるものと考えて発進し、時速約一五キロメートルの速さで本件交差点内に侵入したところ、被害車を発見しないまま、中央分離帯寄りの車線を横切つているところで、愛染町方向から横砂方向にむけ港湾道路の中央分離帯寄りの車線を走行中の被害車の前部が加害車の右側前部のバンパー付近と右前輪との間に衝突する本件事故が発生し、倒れた被害車を右前輪で押すようにして進行し、ブレーキがきかず、中央分離帯に乗り上げるような形で衝突して停車した。
(2) 以上の事実によると、被告長谷川は、本件交差点に進入して右折しようとしたのであるから、直進してくる車両の有無を確認するのはもとより、普通トラツクにより視界が遮られていることから他の車両の存在をも予想して進行すべき注意義務があるのに、これを怠り、右方の安全を十分確認しないまま漫然と右折進行した結果、本件事故を発生させたものと認めることが相当である。従つて、被告長谷川は、民法七〇九条により、後記損害を賠償する責任がある。
三 原告らの損害
1 健二の逸失利益 四八六六万八〇〇〇円
(1) 健二が本件事故により死亡したことは当事者間に争いはなく、前記事実、甲第三、第九、第一三、第一五、第一六、第一八号証、原告和雄本人尋問の結果と弁論の全趣旨によると、健二は昭和四二年一月九日生まれで本件事故当時満二一歳の東海大学海洋学部海洋工学科四年に在学中の健康な男子であり、且つ同大学を卒業後の平成元年四月から各種設備の製造販売等を目的とする三機工業株式会社(従業員数二二〇〇名)に縁故就職により入社することが予定されており、本件事故に遭わなければ満二二歳から満六七歳までの四五年間稼働することができたことを認めることができる。
ところで、原告らは、三機工業株式会社の従業員数は二二〇〇名であるから、健二の逸失利益を算定するに当たり賃金センサス昭和六三年第一巻第一表産業計、旧大・新大卒、男子全年齢平均賃金のうちの企業規模一〇〇〇人以上である六三一万八七〇〇円を基礎とすべき旨主張する。しかし、前記認定のとおり、同社の規模のみならず営業内容をも考慮すれば、むしろ賃金センサス昭和六三年第一巻第二表F製造業、旧大・新大卒、男子全年齢平均、勤続年数計の賃金のうちの企業規模一〇〇〇人以上である五七五万円を基礎とするほうが妥当と言うべきである。
そこで、前記の五七五万円を基礎とし、生活費の割合を五割とし、満二二歳から満六七歳までの間就労することができると考えられるから、ライプニツツ式により中間利息を控除して事故時における現価を算出すると、四八六六万八〇〇〇円となる。
5750000×(1-0.5)×(17.880-0.952)=48668000
(2) 甲第三号証、原告和雄本人尋問の結果と弁論の全趣旨によると、健二の相続人は両親である原告ら両名であり、他に相続人はいないことを認めることができるので、その相続分は各二分の一であるから、原告らは健二の逸失利益を二四三三万四〇〇〇円ずつ相続した。
2 原告らの固有の損害
(1) 葬儀関係費 一〇〇万〇〇〇〇円
原告和雄本人尋問の結果と弁論の全趣旨によると、原告和雄は健二の葬儀を挙行し、相当額を支出したものと認められるところ、本件事故と相当因果関係の認められる葬儀関係費は一〇〇万円である。
(2) 慰謝料 一五〇〇万〇〇〇〇円
本件事故の態様、結果、被告会社の対応、その他本件審理に現れた一際の事情を総合して考慮すると、原告らの受けた精神的苦痛を慰謝するには原告らそれぞれにつき七五〇万円をもつてすることが相当である。
3 損害合計
以上の損害額を合計すると、原告和雄につき三二八三万四〇〇〇円、同美千子につき三一八三万四〇〇〇円となる。
四 過失相殺
1 前記認定事実のほか、甲第二号証、第五号証の四、第七、第八号証、乙第一ないし第四号証、第一七ないし第二六号証、証人松下智康の証言と弁論の全趣旨によると、以下の事実を認めることができる。
(1) 加害車は、本件事故後、右前輪により被害車を押して走行し中央分離帯に衝突しているのであるから、被害車及び加害車の損傷及び健二の負傷が本件事故によるものかその後の状況によるものか一概に区別しにくいところもあるが、本件事故によるものと考えられるところは、次の点である。
<1> 加害車の運転席側のドア・フエンダー・ステツプ・右前バンパーなどに相当大きな凹損が生じ、ドアが開かなくなり、それまで正常に作動していたアクセルが戻らなくなり、ハンドルが右に切れたままとなつた。なお、本件事故後、被告長谷川の体は左後ろに倒れるような強いシヨツクを受け、その反動で運転席側の窓ガラスに頭をぶつけ、右足をドアの下の部分に挟まれて動かせなくなつた。
<2> 被害車(総排気量〇・二四リツトル)は、加害車の右側ステツプの下に食い込むような形で衝突し、被害車のホーク曲損、ライト・計器盤・ウインカー・カウリング破損、クラツチブレーキ折損など、被害車の前部は原形を止めない程に破損しており、走行装置・制動装置の実験は不能であつた。
<3> 健二の負傷状況は、両鎖骨骨折、第六、第七脊椎損傷、頸椎損傷、第五胸椎骨折、前額部・右胸部等に打撲による皮下出血などであつた。健二の被つていたフルフエイスのヘルメツトには、シールドの左側に亀裂があり、また頭頂部から後頭部にかけて塗料の剥離があるほか、加害車の塗料と見られる濃紺色の塗料が付着していた。そして、健二は、即死であつた。
(2) 健二の進行してきた道路上には、被害車のスリツプ痕とみられるものはなかつた。
(3) 松下智康の作成による鑑定書と題する書面(乙第二五号証)と同人の証言によると、本件事故の発生時の被害車の速度は概ね八〇キロメートル(一割程度の誤差がある。)であるとする。
2 以上の事実によると、本件事故は、中央分離帯寄りの車線を走行中とはいえ、健二が本件交差点を通過するに当り左に対する注意を欠き、しかも被害車の速度は確定できないが、法定速度時速五〇キロメートル(道路交通法二二条、同法施行令一一条、同法施行規則五条の三)を相当程度上回り、少なくも七〇キロメートルの速度で走行していたことも一因となつているものと考えられるのであり、これらの点を考慮すると、原告らの損害の二割五分を減ずることが相当である。従つて、原告らの損害は和雄につき二四六二万五五〇〇円、美千子につき二三八七万五五〇〇円となる。
五 損害の填補 二五〇〇万〇〇〇〇円
請求の原因3(3)の事実は当事者間に争いはない。従つて、原告らの相続分に従つて右金員を損害に填補すると、残存する原告らの損害額は和雄につき一二一二万五五〇〇円、美千子につき一一三七万五五〇〇円となる。
六 弁護士費用 一四〇万〇〇〇〇円
原告和雄本人尋問の結果と弁論の全趣旨によると、原告らは本件訴訟の提起及び追行を原告ら訴訟代理人に委任し相当額の報酬を支払うことを約したことを認めることができるところ、本件事案の性質、審理の経過、認容額などに照らし、本件事故と相当因果関係のあると認められる弁護士費用は、各七〇万円である。
七 結論
以上のとおり、原告らの被告らに対する本件請求は、和雄につき一二八二万五五〇〇円、美千子につき一二〇七万五五〇〇円及びこれらに対する本件不法行為の日である昭和六三年五月二七日から支払済まで民事法定利率年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める限度で理由があるので認容し、その余は失当であるので棄却することとし、訴訟費用の負担につき同法八九条、九二条本文を、仮執行の宣言に付き民事訴訟法一九六条を、それぞれ適用して、主文の通り判決する。
(裁判官 長久保守夫)